sakurattyon’s diary

アニメとゲームで生きてる看護大生の“ひとりごと”

2年前

こんばんは。

今回のタイトル「2年前」
これは何かと言いますと、丁度2年前、私は熱性痙攣起こし、救急外来に行きました。
というだけです。

診断名「マイコプラズマ肺炎

2015年の11/2
頭がボーッとするので、部活はいちばん後ろの席で古典の予習をしていた(不真面目の象徴)。
部活にはひとつ上の先輩1人しかいなかった。

家へ帰って熱測ったら、39度を超えていた。
救急外来へ行き、インフルエンザの検査をしたが、陰性。
ロキソニン(熱冷まし用)出され、
熱が下がらなかったら、2日後にまた担当の先生(小児科)にかかってください。
と言われ帰宅。

11/3
せっかく学校休みなのに熱あってずっと寝てた(ボーッと本読んでた)。
昼ごはん食べて寝てたら腹痛起きて、お手洗いに行こうとした途中、意識がとんだ。
起きたら(意識が戻ったら)寒くて、ガタガタ震えてた。
そのまま救急外来へ行き(寒かったのに暑くなってショートパンツで行ったバカ)、前日と違う先生の診察。
今痙攣止まってるなら問題ないですよ
の一言で
明日いつもの小児科の先生にかかってください。必ずですよ。
で帰らされました。

11/4
朝いちばんで同総合病院の小児科へ(高校生なのに…)。
小児科の先生は、いつも(てんかんの診察の先生)と違う先生でした。
採血、採尿(いつものてんかんの診察と同じですね)。
私が思いついたように、
1ヶ月くらい前、自分のクラスと隣のクラスでマイコプラズマ肺炎が流行ってた
と言うと、肺のレントゲン撮ろうってなって、撮ったら、肺炎の肺でした…。
んで、マイコプラズマ肺炎かという検査(あまり結果がでないらしい)をして陰性でしたが、マイコプラズマ肺炎という診断名となりました。

そのあと、ソルデムを静注して、前日痙攣おこしたので、脳波とりに行きました。
脳波はあまり変化がなく…。
熱性痙攣(ホントは小学校低学年くらいの小さい子がなりやすいらしい)という結果ですね。

この日初めて静岡のてんかんセンターの先生の診察(第1水曜日しか来ない先生)の診察を受けました。
熱出てるのに申し訳ない。と言われてましたが、あまり内容を覚えてません。
この先生にはこの先だいぶお世話になりました。(検査入院のときとか、心理検査の結果持ってきてもらったりとか、いろいろ)

感染症なので)入院してもいいって言われて 母が勝手に入院手続きを進め、入院することになりました。

(ここから私の高校入院生活始まる)

また、MRIも撮りましたが、頑張って咳堪えたのに、やけに早く終わったな~と思ったら、矯正歯科の装置が画像を白くしたらしく、途中でやめさせられました。

1週間のうち4日個室(トイレ付き)←隔離ですよ隔離
4日は大部屋でした。
看護師さんは21:00消灯のところ、検定が近かったので、22:00まで待っててくれました(個室だと迷惑にならない)。

咳は全然止まらなかった(学校行き始めても、1ヶ月くらい続いた)。

辛かったけど、入院は楽しかった。
ご飯もっと美味しければ最高だった。

高校生活この先あと3回この病院で入院するとは思ってもいなかったときの話だ…。